So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

ジェイ・ウィリアムスが語る、コービーの“異常な”練習熱心さ [コービー関係]



引退して1年以上たつというのに、コービーのエピソードは次々と出てきます。

今回はとある、意外な元プレーヤーによって語られるコービーのエピソードになります。


その“意外な元プレーヤー”というのはジェイ・ウィリアムスです。


今の若いNBAのファンの方は、彼を知らない人が多いかもしれません。

というのも、彼がNBA選手だった期間は、ほんのわずかです。ドラフト全体2位指名だったにもかかわらず。



簡単に彼の紹介をしておこうと思います。



ジェイ・ウィリアムスは名門デューク大学出身のPGでした。在学中にネイスミス・アワードも受賞しています。


そして2002年ドラフトにて、全体2位指名でシカゴ・ブルズに入団します。


ちなみにこの時のドラフト1位はあのヤオ・ミンでした。ヤオ・ミンか、それともジェイ・ウィリアムスか、ドラフト前にどちらが1位指名を受けるか話題になったのを覚えています。
結局ヤオの方でしたが。


かなり期待されていましたが、ジェイ・ウィリアムスのルーキーイヤーはパッとしませんでした。
そしてそのオフ、彼を悲劇が襲います。


彼はバイクを運転中に交通事故に遭い、大怪我を負ってしまいます。



私の記憶では、NBA選手の大部分はバイクに乗ることを禁止されていたはずだし、今でもそのはずです。
ですが、彼はバイクに乗ってしまい、事故に遭いました。


不幸なことですが、同時に『自業自得だな、こりゃ』と当時は思ったものです。



事故から回復し、プレーヤーとして復帰をしようとしましたが、結局満足に復帰をすることもできず、彼は早々とプレーヤーとしてのキャリアを終えることになりました。

名門デューク大で素晴らしい活躍を見せ、ドラフト2位指名権を受けた選手としては、あまりにも悲しいキャリアだったと言えます。



そんな彼ですが、現在は大学のコーチングや、解説者をやっているという情報を見たことがあります。
自身のプレーヤーとしてのキャリアは不幸なものでしたが、バスケットボールに携わる生活をしているみたいでホッとしています。



少し話が脱線しましたが、今回はそんなジェイ・ウィリアムスが体験した、コービーの“異常な”練習に対しての姿勢が窺えるエピソードになります。



これはウィリアムス唯一のNBAキャリアと言っていい、彼のルーキーイヤーの体験みたいです。

レイカーズ対ブルズの試合前の練習の際の出来事。


彼の語ったエピソードを和訳して載せていきます。


ちなみに元記事はこちらになります。

【This is a fantastic story about Kobe Bryant’s insane work ethic】



ウィリアムス:


この試合は7時からだった。チャンピオンチームのレイカーズとね。
僕は3時にアリーナに行って、試合前に400本シュートを決める練習をして、
それからサウナ風呂に入ってゲームの準備をするつもりだった。


誰を目撃したか?私はコービーを見た。すでに練習していた。


コートに入り、私は練習を始めた。私は1時間、1時間半ほど練習をした。

私は引き揚げ、練習を終えて座っていたけど、もちろ、まだボールの弾む音が聞こえていた。
私は見渡して、『あの人、まだ練習してるの?』って感じだった。僕が来た時、すでに彼は汗まみれだったのに。


その試合で、コービーは僕たち相手に40得点した(※注:実際のスタッツは36点)

試合が終わって、僕は『彼に聞かなくちゃ。私は彼がなぜあんなに練習をするのかを理解する必要がある』と思った。試合が終わって、

『ねぇ、コービー、あなたはなぜあんなに長くジムにいるの?』と訊いた。


彼は『君がやってくるのを見たから。そして、“君がどんなにハードに練習しても関係ない。 僕は君よりもハードに練習しようと思っている”ということを君に知ってほしかったんだ』と私に言った。



以上がエピソードになります。



はっきり言って、異常でしょう(笑)
なぜなら、この時コービーは既に3つのチャンピオンリングを手にし、スーパースターとしての地位を確立しています。


そんな選手がドラフト2位指名とはいえ、パッとしないルーキー相手に。しかも試合ではなく、練習でです。

“自分の方が君より練習するんだ!”と張り合うわけです。普通に考えて、こんなことをする選手は稀でしょう。



だけどこれが“コービー・ブライアント”なのです。


おそらく、コービーにとってはリーグにいる全選手、スター選手から下部リーグを行ったり来たりの人まで、すべての選手が競争相手なのでしょう。


はたして今のリーグにこんな選手が何人いるでしょうか?
おそらく片手ほどもいないのではないでしょうか。私が知らないだけで、いるのかもしれませんが(笑)


この“持って生まれた競争心”こそが、コービーをあれほどの選手にしたのでしょう。



今回はこれで以上ですが、少し余談を。


近いうちに当ブログの名前を変更します。

というのも、コービーが引退して1年以上たつのに、未だに“コービー応援ブログ”なので(笑)


もちろん今でもコービーを応援しているし、情報は追っていますが、コービーはもうレイカーズの選手でないし、レイカーズは新たな時代に入ってきています。


そういう意味でも、ここで一区切りつけ、ブログの名前を変更しようと。
もちろんコービー関連の記事は今後も書きます。単にブログの名前を変更するだけです。


只今ブログの名前を考え中です。変更した際はツイッターで報告させてもらおうと思っています。



今回は以上です。

よければクリックお願いします。

人気ブログランキング

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:スポーツ

MJ、コービー、レブロン比較論で感じる『違和感』 [その他]


久々の記事になります。

レイカーズは見事、2017年ドラフトの2位指名権を引き当て、さらにドラフト28位指名権も保持しているので、6月下旬のドラフトで誰を指名するのか熟考している頃合でしょう。


ドラフトで誰を指名するのか気になるところですが、実際ドラフト当日にならないと分からないので、早々とシーズンを終えてしまったレイカーファンにとって、この時期というのは少し暇な時期でもあるんですよね。




話は変わりますが、このブログを見てくださっている皆様は、すでにご存じだと思いますが、私はコービーが好きだし、引退してからもコービーの情報を追い続けています。


そこでたまにツイッターで『コービー』と言うワード(英語でも)で検索したり、Youtubeで動画を見ていると新しい情報や、面白い情報を見つけることがあります。


そこで今回偶然見つけたとある記事について、モノ申したいことがあって、今回記事にしました。



その記事というのは、あとで下記に貼りますが、おそらく永遠に終わることがないであろう、マイケル・ジョーダン、コービー・ブライアント、レブロン・ジェイムスの3人の比較論についてです。


今プレーオフ、クリーブランド・キャバリアーズのレブロンが、プレーオフ通算得点でコービーを抜き、さらにジョーダンの記録も抜き去り、歴代1位の得点記録を達成しました(もちろん継続中)。


事の発端は、レブロンがコービーの記録を抜いた際、TNTの番組放送内において、チャールズ・バークリーが、

『もし今年レブロンがチャンピオンリングを取ることがあれば、レブロンはコービーと同格とみなしていいと思う。今はまだコービーの方が上かな』

という発言をしたことでした。



私はこれを見て、即座に『これはまた議論を呼びそうなことを言っちゃったな。特にレブロンファンからの反発がすごそう』

と思いました。そして私の予想通り、この議論はアメリカだけでなく、日本国内でも巻き起こっていると感じられます。


そしてつい最近、レブロンがジョーダンの得点記録を抜いたことで、コービーとレブロンの比較論はジョーダンをも巻き込んだ議論へと発展しました。


そしてこの議論が巻き起こる中、私が見つけた記事がこちらになります。

『過熱するレブロン・ジェームズとレジェンド選手の比較論、「レブロン対コービー」は…?』 出典:NBA Japanより
↑クリックで記事に飛べます


この記事はNBA Japanのサイトに載っていますが、元はといえば海外サイト“Sporting News”というサイトに載っていた記事を和訳してNBA Japanに載せているものです。



はっきり言いますが、私はこの記事は書いてあることが意味不明で、全く見る価値がなく、ちゃんちゃらおかしい記事だと思っています。


一度、この記事に目を通してから、私のこの記事の続きを見てください。

この記事の宣伝ではないですよ?(笑)
逆にこんなおかしな記事をNBA Japanが載せて、クリック数が増えて広告収入にしていると思うとぞっとします(笑)

今すぐにこの記事を削除してほしいくらいに思っています。



なぜこの記事に違和感を感じ、まったくもっておかしいと感じるか?

その理由をこれから記していきます。



①なぜこの記事の中でいきなりレブロンとコービーを比べ始めた?


この記事では、まず前半にスコッティ・ピペンの発言内容を載せています。

記事を見れば分かりますが、ピペンは『レブロンはコービーを全くもって超えていない』と発言しています。

それどころか、『レブロンはジョーダンやコービーと比べるべきでなく、マジック・ジョンソンと比べるべき』

という趣旨の発言をしています。


ところが、どういうわけかこの記事ではピペンが『マジックと比べるべき』と発言しているにも関わらず、なぜかいきなりコービーとレブロンの比較が始まります。


ピペンは『ジョーダンやコービーとは比べるべきでない』と言っているにもかかわらず、です。明らかに整合性が取れないです。


ピペンの発言を載せた意味はあったのでしょうか?ピペンの発言を引用するなら、この場ではレブロンとマジックを比較する方が筋なのでは?



②『ジェームズ vs ジョーダンの議論は答えが出ないかもしれないが、ジェームズ vs ブライアントとなるとその議論はもう終わっている』←????


この記述もちゃんちゃらおかしいです。

この記述をする前、この筆者はコービーとレブロンを得点やFG%など、いくつかのスタッツを持ち出して比較し、レブロンの方が上だと主張しています。

そのうえで、『レブロンとコービーの議論は終わっている』といっているのだと思いますが、それなら、なぜジョーダンとは比較しないのでしょうか?


コービーもジョーダンもすでにキャリアを終えています。スタッツがこれ以上変動することはありません。

なので、“スタッツ上で”コービーとレブロンを比較するなら、ジョーダンとレブロンを比較することも簡単です。

にもかかわらず、なぜジョーダンとの比較をしないのか納得ができません。“スタッツ上で”比較するならば、議論の答えを導くことはできるでしょう。コービーとは比較できて、ジョーダンとは比較できない理由なんて、これぽっちもありません。単に出ている数字を比べればいいだけです。


『ジョーダンとの議論は答えが出ないのに、コービーとの議論はもう終わっている』だって?

まっっっっっったく理解できない思考です。



こういうことはあまり言いたくないのですが、この筆者はレブロン推しなのだと思います。


これはよく選手の比較論でありがちなことなのですが、自分が推している選手の上回っている数字ばかりを持ち出し、根拠としている人がいます。


そういった方は、自分の推している選手が相手と比較した際に下回っている数字を持ち出すことは、ほとんどありません。


なのでこの記事上でも、コービーとレブロンを比較した際に持ち出しているのは、すべてレブロンが上回っているものばかりです。


全てのスタッツや記録した数字を持ち出すとなると膨大な量になり、大変なのですが、中にはコービーが上回っている数字も確実にあります。
(1試合で記録した点数とか、60点以上を記録した回数などなど)


そういった点には目もくれず、レブロンの上回る数字だけを持ち出していることには違和感を覚えます。


もう一つ、ジョーダンとは比較しない理由についてですが、私が思うに、レブロンとジョーダンを比較した際には、明らかにレブロンが下回っている数字があるからだと推測されます。


ジョーダンはキャリアプレーオフの平均得点が33.4点で歴代1位だったと思います。これは現時点では明らかにレブロンを上回っている数字です。


さらにコービーとの比較において持ち出しているプレーオフにおけるFG%については、ジョーダンにおいては48.7%となっており、レブロンの数字と大差ありません。
アシストやリバウンドではレブロンの方が上回っているかもしれませんが。


スタッツ上では現時点でも比較することは容易なのに、しないということは、レブロンが下回っている数字があるゆえに、ジョーダンとの比較をしたくないのかな?と思ってしまいます。


だから数字で優っているコービー相手では、上回っている数字だけを持ち出し、勝手に結論付けている、ということなのではないでしょうか。




③スタッツがすべて?


比較論を持ち出す際、100%持ち出されるのがスタッツです。これは当たり前です。評論家やファンが比較する際に持ち出せるのはそれしかないからです。


その一方、現役NBAプレーヤーだったり、元NBA選手からは、スタッツ以外の部分でジョーダンやコービー、レブロンについて語られることがあります。

それはメンタリティーであったり、実際に対戦し、マッチアップを通して感じた部分だったり様々です。


この部分は残念ながら、評論家やファンは感じ取ることができません。なぜなら評論家やファンは実際にこの3人とマッチアップしたことがないからです。

これは何事にも言えることですが、外から見て感じることと、実際にやってみて感じることというのは全く違う場合があります。それに人によって感じ方も様々です。


つまり、スタッツというのはあくまで“評価するにあたっての1つの基準に過ぎない”ということです。

プレーヤーを評価する際にあたり、スタッツ以外の数字に表れない部分も加味する必要は確実にあります。


私はコービーとレブロンを比較する際に、とあるファンのコメントで、


 “メディア=レブロン推し  プレーヤー=コービー推し    単純なことだよ”

というコメント(英語で書いてありました)を見たことがあります。

これもメディアと、実際に対戦したプレーヤーとの考えは違うんだよ、というのを表した分かり易いコメントだと思います。




長々と書きましたが、以上がこの記事を読んで私が感じた違和感についてです。



ここまで書くと、『そこまで言うなら、あんたはコービー推しなんだな?』と思う方がいると思いますが(特にこの記事を読んだレブロンファンは)、

そもそも私は比較反対論者です。比較自体がナンセンスで、特に意味がないと思っています。



その理由は主に2つ。


①比較できること以上に比較できないことの方が圧倒的に多い


②その人の立ち位置、考え方によって評価は違ってくる


です。



まず①についてですが、3人とも同じ時代にプレーし、同じような環境、同じようなキャリアを歩んだわけでもないです。

さらにジョーダンとコービーはポジションが一緒ですが、レブロンは違います。ここはピペンと全く同意見です。

さらにさらにジョーダンとコービーにおいても、細かく見ると違う点があるので、“同じポジションだから”というだけでは単に比較できないです。


このように、圧倒的に比較できないことの方が多いです。唯一比較できるのはスタッツですが、それにも時代背景などが関わってくるので、単純に比較はできないでしょう。




②についてですが、評価する人がどのような立場か、例えばシカゴのファンなのか、レイカーズのファンなのか、クリーブランドのファンなのか、それによってももちろん評価は変わってきます。

当然、レイカーズのファンならコービーに愛着があるだろうし、レブロンのファンなら、レブロンに愛着があるでしょう。

この点だけ見ても、“公平な目線”というのはまず存在しません。



NBAのことを全く知らない人に3人のプレーを見てもらい、誰が一番すごいか判断してもらうというのも一つの手かもしれませんが、その場合はバスケットボールの知識がないので、正確な判断とは言えないかもしれません(笑)



さらに、その評価者がどの部分を重視するのかにもよります。

スタッツを重視するのか、優勝回数を重視するのか、メンタリティーや、社会や次世代に与えた影響を重視するのかなどです。



人の立ち位置も、考え方も千差万別。

よって比較するのは不可能で、比較自体がナンセンスだというのが私の意見です。


ジョーダンがナンバーワンだと思う人がいても、コービーだと思う人がいても、レブロンだと思う人がいてもいいし、3人が全くの同格と捉える人もいてもいいと思います。
考え方は人それぞれなのだから。




ただ、比較をする人がいてもいいとは思います。それも人それぞれなので否定はしません。


ですが、私には不快に感じていることがあります。

それは、『意見が違う人を罵倒する』という行き過ぎた論争に発展しているさまを度々見かけることです。


これは2日ほど前に同じことをツイートして、見てくださった方もいるかもしれませんが、私は上記の理由により、比べること自体が困難、さらに比べたとして、その意見が100%正しいということはないと思っています。


ですが、中には自分の意見が100%正しいと思い込み、意見の違う相手を馬鹿にしたり、上から目線で考えを押し付けたりしている人がいます。


それはもうすでに“議論”ではなく、ただの罵倒ではないでしょうか?


私はこの様を、何年も前からコービー vs レブロンの話題について、ネットで目にしてきました。それは海外、日本を問わず、です。
私自身がツイッターでそういう目に巻き込まれたこともあります。(その時はコービー信者とか言われたな。否定しないけど(笑))


レブロンがジョーダンと比べられ始めたのはごく近年のことなので、それほど多くはないですが、レブロンとジョーダンについてもファン同士がネット上で言い争いをしているのは見たことがあります。



言い争いや罵倒となると、もはや正常な議論はできません。お互いが不愉快な気持ちになるだけです。そんな罵倒は何も生み出さないのです。


繰り返しになりますが、このような比較論において、100%正しい答えというのは存在しません。違う意見があって当然なのです。

大事なのは、『違う意見の人もいる』ということを認識し、相手の考えも認めることなのではないでしょうか。


議論するならそのことを念頭に置いておき、そのうえで罵倒や言い争いになることなく、お互いの意見を交換したらいいと思います。


そして最後にはお互いの推す選手の良さを分かち合い、お互いの意見を認め、尊重することができれば、その議論は意味のあるものにあると思います。


もともと意見の違う人同士がぶつかるので、どちらか片方の意見に納得して議論を終えるということは、ほぼないでしょう。

それならば、意見の違いを認め、“そういう意見もあるんだな”と認めることが重要だと思うのです。


元々私は比較反対論者ですが、もし議論をすることがあれば、そのような議論をしたいと思います。


人はランク付けをしたがるものですが、それ自体に意味はほとんどないと思ます。

歴代ナンバー1プレーヤーに選ばれたなら、チャンピオンリングが増えるわけでもないし(笑)



これは話が少し逸れますが、スポーツメディアにとって、こういう『偉大なプレーヤー比較ネタ』というのは、話題になりやすく、記事を書けばクリックを増やしやすいネタでもあるんですよね。


それが広告収入の増加につながるといった感じになるので、メディアとしては『お金儲けのネタ』なんですよね。正直、そのランキングが正しいかどうかなんて、メディアは気にしちゃいないでしょう。

お金になればいいのだから。まぁ、一種の炎上商法ですね(笑)



これもまた話が逸れますが、2013年、レイカーズが大補強の末に大失敗に終わったシーズンの後、

“レイカーズ凋落の原因はすべてコービーのせい”といった記事をとあるESPNの記者が書いたことがありました。


私は頭にきて頭に来て、未だにその記者の名前が忘れられないのですが、LA在住のとあるレイカーファンの方(多くの方が知っているであろう有名な方です)に、その記事を見た現地のファンがどんな反応をしているかを尋ねたところ、

『LA中のレイカーファンが大人げなく怒り狂っている』

という返事を頂いたことがあります。


このように、有名球団やスター選手をこき下ろすような記事を書くことも、一種の炎上商法であって、記者の飯の種なのです。

その記事が正しくないのなんて、火を見るより明らかなのに。

メディアの手のひらの上で踊らされないことも大切だと思います。



少し話が逸れましたが、私がこの『MJ、コービー、レブロンの比較論』の記事を見て感じたことは以上になります。

見ていただいた方は、長々とありがとうございます。

また、これは私の一意見なので、『私はこう思う』など、意見がある方は私のツイッターまでどうぞ。お待ちしております。



それにしても、NBA Japanがこんな変な記事を和訳して載せるなんて、どういう意図があるのか?

これもまた一種の炎上商法なのか、大真面目なのか(苦笑)



この記事がいいね!と思った方は、クリックお願いします(^^)/

人気ブログランキング

nice!(0)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

“執念” コービーを偉大にさせたもの [コービー関係]

コービーがサイト“The Players' Tribune”に

『Obsession Is Natural』(執念は生まれつきのもの)

というタイトルで記事を寄稿しています。



非常に興味深いうえに、コービーの性格が良く分かる記事だったので、全部和訳しました。


元記事はこちらになります。


それではここからが和訳です。


“執念は生まれつきのもの”



1996年、11月12日、アレン・アイバーソンはガーデンでのニックス戦に勝利した試合で35点を取った。


1996年、11月12日、僕はヒューストンでの勝利した試合で5分間プレーし、2点で終えた。



夜遅くにホテルの部屋にチェックインして、スポーツセンター(現地のスポーツチャンネル)で彼が35点取ったのを見て、私は我を失った。
テーブルをひっくり返し、椅子を投げ、テレビを壊した。



私はこれまでハードに練習していたと思っていた。


5分、2点。


私はもっと練習をハードにする必要がある。


私はやった。



1999年、3月19日、アイバーソンはフィラデルフィアで僕の前で41点、10アシストを記録した。



熱心な練習は十分ではなかった。


私はこの男を取り憑かれた様に勉強する必要があった。


私は見つけれる限りすべてのAIに関しての記事や本を取り憑かれたみたいに読んだ。
私は執拗なまでに彼がプレーした試合を見た。IUPUのオールアメリカンゲームまで遡ってまで。
私はしきりに彼のすべての成功、そして彼の苦労を学んだ。私は異常なまでに、見つけることができる限りの彼の弱点を探した。



私はAIに関して塾考したことを私の中に取り入れるために、黙想の世界を調べた。

(※4/23 追記:この文章では原文に“Musecage”と出てくるところを私は“熟考”と訳しています。
ですが、ここは文脈から考えると、『AIについて実績など、いろいろ調べたこと』と訳す方が分かり易いかもしれません。

そもそも、“Musecage”というのは造語です。辞書で調べても出てきません。

“muse”というのは、ギリシャ神話に出てくる『芸術家にインスピレーションを与える女神』という意味です。これはコービーが掲げる『多くの人々にインスピレーションを与えたい』というコンセプトを表す言葉としてコービーが使っているものです。“cage”は『檻』という意味なので、そのまま“Musecage”を訳すと『museを捕まえておく檻』という意味になります。これでは意味が通じませんよね。
なので私は『神話の世界に入り浸る≠深く考える』と訳し、この文脈で言うと、
『AIについて業績など、いろいろ調べたこと』と訳しました。
このことを知っておかないと、『Musecageってなんだろう?』と感じるかもしれません。私の説明不足でした。

なお、この和訳はツイッターアカウント@MayLAL24 さんからアドバイスをいただき、この修正と追記を入れました。Mayさん、ありがとうございます。)



それは南アフリカ沖でどうやって凶暴な大型サメがアザラシを捕食するのかということを学ぶことにもつながった。


忍耐、タイミング、角度。



2000年2月20日、フィラデルフィアにて。フィル・ジャクソンHCは後半開始から私にAIを守るという
課題を与えてくれた。私にとってこのチャレンジがどのくらいの意味があるかなんて誰も知らない。


私は彼(AI)に私が感じたフラストレーションを感じさせたかった。

私はAIが私の前で41点10アシストした際に私のことを笑ったすべての人を笑いすぎで窒息させてやりたかった。


彼は公に、私たちお互いが他の選手には止められないと言うだろう。

私はそう信じられているのを否定する。



私は50点取る


お前は0点に終わる


これが私の信じたこと。



僕が彼をマークし始めた時、彼は前半で16得点だった。彼は試合を16点で終えた。

(※追記:過去のゲームログを調べてみましたが、この日アイバーソンは本当に16点で試合を終えています。 44分出場してFGは7/25、5TOでした。ちなみにコービーは39分出場で18点、7アシスト、5ブロックを記録しています。FGは7/15です。試合はレイカーズが勝っています)



リベンジは素敵なものだった。


でも、勝った後でも僕は満足していなかった。
そもそも最初に彼が私をあんなふうな気持ち(AIに先に活躍されたり、やられて屈辱的な気持ち)にさせたことに対して僕はイライラしていた。



私はその時点から、すべてのマッチアップに対し、生きるか死ぬかという姿勢で臨むことを誓った。
誰も私のそのような焦点を決してコントロールしようとはしなかった。



私は私がターゲットにして、封じ込めたいプレーヤーを見極めます。

私は来るべきシーズンでのあなたの目標が、私が20年間なりたいと思っていたところ(おそらく優勝のこと)に対して妥協しているかどうかを見極めます。


もし彼らが妥協していないのであれば、あなたにとって天国になるでしょう。だけどもし妥協しているのなら・・・


私はあなたを徹底的にやっつけるだろう。当然だよ。




以上が和訳になります。少し分かりやすいように意訳している部分があります。

あと、和訳で間違っている部分があれば、ツイッターにて私に教えてくださるとうれしいです。 私は常に正確な情報をこのブログや私のツイッターを見てくださっている方に提供したいと思っているし、私のモットーでもあります。ご協力ください。
教えてくだされば、その都度記事を訂正します。



この記事を見ると、“どうしてコービーがNBAの歴史上、最も偉大なプレーヤーの1人”と評価されるか、その理由が窺い知れることができますね。


『異常なまでの執着心』これをコービーが持っていたということがその理由の一つなのではないでしょうか。


また、アイバーソンというライバルがいたこともコービーには良い影響になったことでしょう。

アイバーソンの方がコービーよりも先に活躍し始めたから、また、コービーの目の前で活躍したから。

そのことがコービーをより奮い立たせたのでしょうね。



こういう、コービーの性格が分かる様な記事や、昔のエピソードと言うのは興味深く、見ていて楽しいし、私たちの人生において参考になることかもしれません。


また、コービーのこのような“執念”が、今のレイカーズの選手たちに欠けているものなのかもしれません。


今日の記事は以上です。


↓よければ、ポチっとお願いします(^O^)

人気ブログランキング



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

アイゼア・トーマスが初めてコービーをガードした日 [コービー関係]


レイカーズは今日、宿敵ボストン・セルティックスと対戦し、107対113で敗れました。

今期絶好調で、スコアラーとして確実にステップアップしたボストンの

アイゼア・トーマスに38点を取られ、止めれなかったことが敗戦の理由の一つであることに間違いはありません。


そのトーマスは、レイカーファンとして育ち、お気に入りのプレーヤーはコービーだったそうです。

今シーズンが始まってすぐ、2016年11月の記事ですが、コービーとのあるエピソードをトーマス自身が明かし、記事になっていたのを思い出しました。

もしかしたらすでにご存じの方も多いかもしれませんが、そのエピソードに関して記事にしてみました。


このエピソードはトーマスのルーキーイヤー、2011~12シーズンの開幕戦でのことで、
トーマスが初めてコービーのガードについた際のものです。
このシーズンのサクラメントの開幕戦の相手はレイカーズでした(ちなみにレイカーズはシーズン2試合目で開幕戦の相手はシカゴだった)。

和訳の参考にした元記事はこちらより



-アイゼア・トーマス


それはシーズン開幕戦、サクラメント・キングスvsロサンゼルス・レイカーズ戦のことだった。

トレーニングキャンプ中にはあるルールがあった。選手たちは僕に対して(ポストで)バックダウンを仕掛けてくるけど、

彼らはいつもターンオーバーをしていた。だからキングスのコーチ、ポール・ウエストファルは 『アイゼアに対してバックダウンするな』って感じだった。

(解説:アイゼアは身長が低いので、相手プレーヤーはバックダウンしてくるけど、 バックダウンに対してのディフェンスに自信を持っていたということですね。)



(レイカーズ戦で)僕が交代でゲームに出場した時、みんなこんな感じだった。

『誰がコービーにマッチアップするんだ?』


ポール・ウエストファルは 『アイゼアがコービーにマッチアップするんだ。思い出せ。誰も君相手にバックダウンできないんだ』と言った。

僕は『マジかよ!僕のお気に入りのプレーヤーだぞ!』という感じだった。

コービーがゲームに出てくると、彼は僕に対してアイソレーションでバックダウンを3回連続で仕掛けてきた。 笑うしかなかったよ。彼は3回も僕相手にスコアし、僕は笑いながら走って戻るしかなかった。 誰かが僕相手にスコアをしたのに、笑みが浮かんだことなんて初めてのことだった。

でも、相手はコービー・ブライアントだ。史上最もお気に入りのプレーヤーだ。 夢のような感じで、現実だと感じられなかった。だから彼が僕相手にスコアしてくれてうれしかった。
けど、ポール・ウエストファルが『誰も君相手にはバックダウンできないぞ』と言った時、僕は言ったよ。 『ねぇ、茶化さないでよ。相手はコービーだ。彼は誰相手でもバックダウンしてくるんだ!』 クールなちょっとした“welcome to the NBA story”だね。



また、これはLAタイムスの記事ですが、トーマスはこう発言しています。

元記事はこちら


『コービーはゲームを変えた。コート上だけでなく、コート外でも。彼にはすごく意味がある。 彼が僕のお気に入りのプレーヤー』

『彼とコート上で共有できたことと、彼と競争することができたことは本当に多くの意味がある』



アイゼア・トーマスがレイカーファンとして育ったことは上述しましたが、

トーマスは、FAになった際、本気でレイカーズ入りを考えていたそうです。


ですが、それは実現しませんでした。

その理由が、今日レイカーズがボストンに負けたことによって、再び掘り起こされているようです。





もし、トーマスがレイカーズ入りしていたらどうなっていたかと想像するとまた面白いですよね。

少なくとも、トーマスはレイカーファンから愛される選手になっていたのではないでしょうか。

彼のプレーからは身長なんか関係ないとばかりの反骨心と、ただ勝ちたいという情熱を持ち、全力でプレーしている様子が伝わってきます。

彼の憧れであるコービーと同じように。


↓よければクリックお願いします。

人気ブログランキングへ

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

コービー本人が選ぶ、20年のキャリアでの出来事Top10 [コービー関係]


久しぶりの記事になります。


1年前の今日、現地11月29日はコービーが2015~16シーズン限りでの引退を発表した日です。

だからだと思いますが、LAでレイカーズの試合を放送している放送局、
“Spectrum Sportsnet”(昨シーズンまではTime Warner Cable Sportsnetでしたが、
名称が変更になりました。未だに間違えそう(笑))の番組で、

『コービーのキャリアの出来事Top10』という番組をやっているそうです。


事前に番組のCMを見ましたが、コービーがインタビュー形式で直接答えていたので、
番組側が決めたTop10ではなく、コービー本人が選んだTop10のようです。

なので、コービーにとってのキャリアでの重大な出来事は何かな?と思い、気になっていました。


私は日本に住んでいるので
(どういうわけだか、ツイッターではたまにLAに住んでいると勘違いされることがあります。
実は私は生まれてこの方、日本から1歩も出たことがないです(笑))

番組を見ることはできませんが、今の時代はとても便利で、ツイッターで簡単に情報を集めることができます。
ツイッターで集めた情報なので、間違っている部分がもしかしたらあるかもしれませんが、
今回は“コービーが選んだキャリアTop10の出来事”を記事にしたいと思います。


それでは10位からいきましょう。


第10位) 2002年カンファレンスファイナル VSサクラメントキングス戦での激闘

これは良く覚えています。このシリーズ、レイカーズはホームコートアドバンテージがありませんでした。
レイカーズは敵地での第1戦に勝ちますが、第2戦、ホームに帰った後の第3戦にも敗れてしまいます。
ちなみに第2戦の前にコービーはホテルで食べたチーズバーガーで食あたりを起こしてしまうんですよね。
それでも試合には出ていましたが。

第4戦は試合の最後までサクラメントにリードを許しますが、ロバート・オーリーの“ザ・ショット”に助けられ、第4戦をモノにします。

これで流れはレイカーズに来たかと思いますが、アウェイでの第5戦でレイカーズは敗れ、王手をかけられてしまいます。

しかし、レイカーズは落ち着いていました。ホームでの第6戦に勝つと、アウェイでの第7戦、オーバータイムにもつれる接戦になりますが、なんとかレイカーズが勝利し、ファイナル進出を決めたという激闘でした。

このころのサクラメントは手ごわかったですね。ウェバーのオールラウンドな活躍、マイク・ビビーのブレイクアウト、ブラデ・ディバッツのシャックに対しての嫌らしいディフェンスなど、憎たらしかったです(笑)



第9位) 2005年12月、vsダラス・マーべリックス戦での62Points in 3Q

説明よりも、動画を見たほうがよくわかると思います。




第8位) 2004年4月、vsポートランド・トレイルブレイザーズ戦での2本のブザービーター



このコービーのとんでもない2本のシュートによって、レイカーズはパシフィックディビジョンの1位が確定したんですよね。
そういう意味でもこのコービーの2本のブザービーターはチームを救いました。



第7位) 2006年プレーオフ1回戦 vsフィニックス・サンズ 第4戦でのブザービーター



これもよく覚えている方は多いと思います。このシュートでレイカーズは勝利し、3勝1敗とシリーズ勝利まであと1勝と王手をかけました。

しかし、レイカーズはここから3連敗し、シリーズ敗退となってしまいます。
シリーズを勝ち抜いていたならば、一層素晴らしいシーンとなったはずなので、そこがとても残念に感じてしまいます。



第6位) 2009年2月 MSGでの61点



この試合でコービーが記録した61点は2014年にカーメロ・アンソニーが62点を記録するまでMSGで記録した個人の得点としては歴代1位でした。
ちなみにビジターの選手として記録した個人の得点としては現在でも歴代1位です。



第5位) 2010年ファイナル vsボストン・セルティックス戦に勝ち、5つ目のチャンピオンリング獲得

コービー自身、5つのチャンピオンリングの中で、このシリーズに勝ち獲得したチャンピオンリングが一番うれしかったと晩年に語っていました。
2008年のファイナルで負けているので、この年はリベンジを果たしたということで、余計に嬉しく感じたのだと思います。


ちなみにこれは私の感想ですが、このシリーズの第7戦はバスケットボールの試合としては醜い試合(シュート入らない、足が動いてないなど)ですが、勝負としては今まで見てきた中で最も美しい試合だったと思っています。
理由は両チームの選手・スタッフ、さらにはファンがあと1試合に勝つためにすべての力を出し切り、全力で戦った試合だからです。
コービーの試合終了直後の表情がそれを物語っていました。



第4位) 2016年4月、コービーのキャリア最終戦 vsユタ・ジャズ戦での60点

説明はいらないでしょう。






第3位) 2013年にアキレス腱を断裂したことと、レイカーズがプレーオフに行くために全身全霊を注いだこと


2013年はレイカーファン、NBAファンにとってレイカーズは『失敗』だったと思われていると思います。
実際そうだと思います。怪我人の続出、HCの交代、チームとしての機能不足など、あらゆる試練の連続でした。


そんななか、コービーはチームをプレーオフに導くべく、自分のすべての力を出し切り、全身全霊を注ぎました。
シーズンの最後の方なんて、平均45分近く出場していたし、得点、プレーメイク、ディフェンスなど、あらゆることをしました。

レイカーズはプレーオフに出場することになりますが、その代償はあまりにも大きかったです。
コービーは4月13日のGSW戦でアキレス腱を断裂してしまいます。そしてコービーを欠いたプレーオフではサンアントニオになす術もありませんでした。
そしてここからレイカーズの凋落はあっという間でした。


コービーのこの怪我は、結果としてはコービーのキャリアを一変させるものとなってしまいました。
ですが、興味深いのはコービーがこの怪我の事を全く後悔していないと語っていたことです。
先の事を考えるのではなく、目の前の1試合1試合に目を向け、勝つために全力を出し切ってきたコービーだからこそ、そう感じるのでしょう。コービーのこの献身は一生忘れません。



第2位) 2000年ファイナル vsインディアナ・ペイサーズ 第4戦でのテイクオーバー



この試合はコービーにとってもターニングポイントになった試合、場面だったかもしれません。


この試合はオーバータイムに入ってすぐにシャックがファウルアウトになってしまうんですよね。
この時期はコービーがチームの重要人物だったのは事実ですが、あくまでチームの中心はシャックでした(全盛期でしたし)。
そのシャックが重要な場面でファウルアウトになり、『ヤバイ』と思ったファンも多かったのではないでしょうか。

そんな中、試合の終盤を支配したのがコービーでした。この活躍なくして、レイカーズは優勝できなかったでしょう。この試合をとったのは非常に大きかったです。

ファイナルという大舞台で『コービー・ブライアント』という名を世界中に知らしめた、ターニングポイントとなった試合だったかと思います。



そしていよいよ第1位です。


第1位) “81ポイント・ゲーム”




もはや説明はいりませんよね。伝説の試合です。今後100年は語られることでしょう。



私がコービーが81点を取ったことを知ったのは、意外にもサッカーが好きな友人の口からでした。

『ひで君ってコービー好きやんな?81点取ったらしいで』

私は、『81点!?31点の見間違いじゃなくて?』と冗談だと思っていました。

ですが友人が新聞に載っていたというので、帰って新聞を見ると、本当に81点だったのです。驚いたなんてもんではなかったです。

当時は現在のように毎試合見れる環境でもなかったし、ツイッターのようなSNSもなければ、インターネットもほとんど使っていなかったし、情報が回るのが遅かったんですよね。
それを考えると、今って便利な時代ですよね(笑)
もしも当時、インターネットがもっと発達していたり、ツイッターがあれば、コービーの81点はとんでもない大騒ぎになっていたでしょうね。


以上がランキングです。


意外だと思ったのが、このTop10の中に『ドラフトで指名されたこと』というのがなかったことです。
数年くらい前ですが、コービーはインタビューで『キャリアで最も思い出に残っていることは?』と聞かれ、
『ドラフトで指名され、NBA入りしたことかな』と答えていました。理由は『すべての始まりだから』だそうです。


まぁ、ドラフトされたのは“始まり”であって、コート上で成し遂げたことの思い出と言えば、上記のようなランキングになるのでしょうね。


コービーが引退を発表してからちょうど1年という時期に、コービーにとって思い出に残っている出来事は何なのかを知ることができるいい機会となりました。

もうコービーはコートにはいませんが、なかなかコービーのことが忘れられず、コービーのことを追い求める今日この頃です。


よければクリックお願いします(^-^)

人気ブログランキングへ
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

ケビン・ガーネット コービーの兄貴分であり、嫌いになれなかったセルティック [その他]


このブログを読んでくださっている皆さんがケビン・ガーネットに持っているイメージはどんなイメージ?


試合中に独り言をぶつぶつ言っている人?あるいは、チャーリー・ビラヌエバを『ガン患者』と罵った口汚い人?
あるいは、コート上でなんでもこなすことができるオールラウンダー?


私がKGに持つイメージは『常に湧き出るマグマのように熱いゲームへの情熱をもったプレーヤ―』というもの。
一言では表しにくいけど。

(余談になるけど、コービーとよく似ていると言われるラッセル・ウエストブルック、私はウエストブルックはどちらかというとKGに似ていると思う。 常にエネルギーを放出させながらプレーしていると言う点で。 コービーはいつもは冷静で、時に感情やエネルギーが爆発するタイプ。まるで普段は静かだけど、たまに大噴火をする火山タイプ。 KGやウエストブルックはいつも噴火をしている火山で、常にマグマを放出している火山タイプ。 あくまで私の主観だけど。でも、この3人は同じゲームへの情熱、競争心を持っているのは間違いないと思う。 エネルギーの放出の仕方が違うだけで)



KGという人を初めて見て(雑誌でだけど)の感想は今でもはっきり覚えている。
『一体何頭身なの?この人』というもの(笑)


KGは昔は今よりもっと線が細くて、まるでトーテムポールのように思えた(失敬)。
それに大量の汗で黒光りする体。シャックを見ても怖そうとは感じなかったけど、KGを初めて見た時は『怖そう』とも思った。

そんな印象を持った人はKG以来だけ。異常なほどオーラがある人もこれまで2人しか見たことないけど(もちろんジョーダンとコービーの2人)。


プレーヤーとしてだけど、対戦相手として今まで見てきて、誤解を生むかもしれないけど、得点面でさほど怖いプレーヤーだと感じたことはなかった。
爆発力がさほどなく、40点ゲームを何試合もするような選手ではなかったからだと思う。それに今時のPFと違って3ポイントもあまり打たなかったし。
ミッドレンジからのジャンパーや、ターンアラウンドシュートは上手かったと思う。でも、さほど脅威ではなかった。得点面では。


ただしディフェンス面では別。リバウンド、ブロックショット、ルーズボールへの執念など・・・そちらの方がオフェンスよりも何倍も脅威に感じた。
それをまざまざと思い知らされたのが、思い出したくもない2008年のファイナル。レイカーズがボコボコにされたシリーズ。



KGがルーキーイヤーからミネソタにいたのは2007年までだけど、2007年にKGがトレードを志願しているとの情報があって、トレード先の候補に挙がっていたのがレイカーズだった。
当時の雑誌にはレイカーズの獲得候補はKGかジャーメイン・オニールと書かれていた。
インターネットがまだあまり発達していなかった時代で、雑誌が主な情報源だった。


正直、私の中でKGはレイカーズにほぼ確実に移籍すると思っていた。KGは当時のレイカーズにベストフィットだと思った。

理由は上記したけど、得点面ではそれほどだけど、リバウンドなどのディフェンスに優れていること、あとはパスも上手かったことなど。
このような理由から、実はKGはオフェンスのファーストオプションではなく、チームのセカンド・ベスト、つまりブルズ黄金期で言えば、スコティ・ピペンのような役割の方が合っていると思ったから。


レイカーズにはコービーがいる。オフェンスはコービー中心でやればいい。KGはミネソタの時のようにファーストオプションでなくていい。
オフェンスに力をそこまで注がなくていい分、ディフェンスに力を十分に注げるし、パスも上手いからオフェンスでも潤滑油のような役割も期待できる。

KGはレイカーズにベストフィットすると思ったし、何よりコービーとKGのコンビなんて最高!と思っていた。


ところが、KGが移籍したのはよりによってボストン。しかもレイ・アレンもそれに加わると言う始末。
2007年にレイカーズはプレーオフに行けたけど、ボストンはプレーオフにも行けていなかったし、レイカーズの方がマシなのに、なんでよりによってボストンなの?と思った。
これが正直な気持ち。



2007~08シーズンが始まって、ピアース・KG・アレン要するボストンはリーグ最高勝率でファイナルへ。
レイカーズもシーズン途中にパウをトレードで獲得し、MVPを獲得したコービーの活躍でファイナルへ。

KGを取れなかったレイカーズと、KGを獲得したボストンの対戦だなんて、何の因縁だろうって思った。


そしてそのファイナルだけど、結果は皆さんご存知の通り。
自慢じゃないけど、私のKGへの評価は当たっていた。


KGはオフェンスはピアースやアレンに任せ、自分はディフェンスにエナジーを注いでいた。まるで守護神。
KGのおかげで、パウは自分のやりたいことが全くと言っていいほどできず、“ソフト”と言われる有様。
ファイナルMVPはピアースだったけど、私はKGにやられたと思っていた。


ピアースがトロフィーを持って喜んでいる様子を見て、私は悔しくて腹が立ったけど、
不思議とKGが喜んでいるのを見ても頭には来なかった。
ボストンへ移籍して1年目での優勝で、“セルティック”という印象がまだ薄いからか。
それとも、プレーオフでチームを勝たせることができないとメディアに批判されまくって、苦労してきたKGを知っているからか。
どちらかは分からないけど。


レイカーズはその翌年優勝するし、その次のシーズンは2008年に敗れたボストン相手にリベンジを果たす。


2007年に私が妄想した、“KGがレイカーズに来ていたら”が実現していたら、また違った展開だったかもしれない。
ひょっとしたら2008年に優勝したのはレイカーズかもしれなくて、その後もNBAを支配できていたかもしれない。
でももしかしたら、KGはレイカーズにフィットしなかったかもしれない。


結局のところ“たられば”の話だけど。
KGはボストンへ行き、2008年はボストンが優勝して、2009・10年はレイカーズが優勝した。
その事実は変わらないし、“たられば”で考えてもキリがない。無駄なこと(苦笑)
それにKGがレイカーズに来ていたらほぼ確実にパウはレイカーズに移籍してこない。
そういう妄想が面白かったりするんだけど。



KGには感謝していることがある。
それはコービーに多大な影響を与えたこと、コービーのよき兄貴分でいてくれたこと。


高卒からNBA入りするにあたって、KGの成功がコービーに与えた影響は大きかった。
コービーが高卒でのNBA入りを決めた際の理由の一つに、1年先輩のKGがNBAで十分に通用したということがあったと言うのを聞いたことがある。
KGの成功がなければ、コービーは大学に行ってからNBA入りをしていたことだろう。


コービーの兄貴分でいてくれたと言う部分だけど、コービーにとって初めてのオールスターとなった1998年、コービーはすごく緊張していたそうだけど、その際にKGがコービーに話しかけて緊張をほぐしていたし、ゲームが始まってコービーのダンクをアシストし、プレーしやすくしてあげたのもKGだった。


実はKGは自分がルーキーで開幕戦を迎える際、尋常じゃないくらい緊張していたそうだから、コービーの緊張した様子も分かっていたし、助けになろうと思っていたのだと思う。KGの人間性が分かる温かいエピソードだと思う。


他にも今年2人が引退するまで、コート上で2人で話をしている場面は何度も見た。
トラッシュトークで有名なKGだけど、コービーに対しては挑発するようにトラッシュトークをしている風な雰囲気はまるでなく、にこやかに世間話をしているような雰囲気だったのが印象的だった。だからKGにとってもコービーは特別な存在で、弟のように思ってくれているのかな?と思った。

そのほかにもオールスターで出会うたびに仲よさそうに話をしているなど、コービーとKGの関係性の良さが分かる場面は多かった。



今回、KGが引退することになって、私の中でいろいろと思うことがあったから、今回のような記事を書いた。
ティム・ダンカンが引退を発表した時もいろいろと思うことがあったけど、記事に書くようなエピソードが思いつかなくて書けなかった(笑)


コービーやダンカン、KGのように“今まで当たり前のようにそこにいた人”がいなくなると言うのはやはり淋しい。
時代の移り変わりをまざまざと感じさせられる。でも、私たちファンはそれを受け入れていかなければならないのだと思う。


5年後、コービーとダンカンとKGが殿堂入りの式典でスピーチをするのが今から楽しみ。この3人の殿堂入りは確実だろう。殺人でも起こさない限り(笑)


どんなふうにスピーチするのだろう?コービーは引退試合後のコート上でのスピーチの時のように、笑顔でにこやかに話しそう。時折ジョークを交えながら。

ダンカンはいつも通り、表情変えずに淡々と話しそう(笑)KGは感情的になって泣くかもしれないな。

本当に2021年の殿堂入り式典が楽しみ。
現役時代にしのぎを削った偉大な3人が同時に殿堂入りするというストーリーも美しい。


KG、21年間お疲れ様でした。これからの活躍も期待しています。
本当にありがとう。


↓よければブログランキングへクリックお願いします(^^)

人気ブログランキングへ

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

コービーが17歳の自分へあてた手紙 [コービー関係]


今日、コービーが“THE PLAYER'S TRIBUNE”というサイトに
『Letter to My Younger Self』というタイトルの記事を寄稿しました。文字通り、若き日の自分へあてた手紙です。

元サイトの記事へのリンクはこちらです。


“Letter to My Younger Self”



こういう記事はやはり気になるのと、自分の英語力の訓練にもなるし、今回も和訳してみました。
いつも通り、私の感覚で意訳している部分もあるのでお許しくださいね。

また、本文中にはありませんが、和訳した時に分かりやすいように『』をつけて強調させている部分があります。



17歳の自分に向けたアドバイスとは何なのでしょうか?バスケットボールの心得?技術?
それともチームメイトとの関係性について?


それは、少し意外なことについてのアドバイスでした。
それではご覧ください。


↓ここからが和訳





若き日の自分への手紙 


親愛なる17歳の自分へ。


明日、レイカーとしての夢が叶うとしたら、君は将来の家族や、友人に対しての投資の方法を見つけないといけない。

これは単純なことだ。君は多分、ほとんど悩むことはないだろう。だけど、少しの時間、深く考えてみよう。




私は『投資』と言った。


『与える』とは言っていない。


説明しよう。



兄弟や家族に単に高級なものを与える(買ってあげる)ことは正しい決断だと思うかもしれない。
君は彼らを愛している。そして彼らは君が成長するとき、いつも一緒にいた。だから彼らが君の成功と、それに伴うことを共有するのは正当なことだ。

だから君は彼らに車を買う。大きい家を買う。彼らのためのすべての料金を払う。
君は彼らに素晴しい人生を歩んでほしいし、快適な人生を歩んでほしい。そう思うだろう?



でも、君は正しいことをしていると信じているのと同じくらい、実際は彼らを支配していることに気づく日がやってくるはずだ。


君は彼らのことを気にかけている『君の』気分が良くなっていることに気付くだろう。
彼らの笑顔や、何の悩みもないような様子を見て、『君が』幸せに感じるんだ。
(解説:人に物を買ってあげて、人を喜ばせているつもりが、実際は人に物を買ってあげている自分に酔っているということですね)

そしてそれは君が極めて自己中心的なことなんだ。


君が自分自身に満足している間、君は徐々に彼ら自身の夢や抱負を奪っているんだ。

君は彼らの人生に高価なものを付け加えているけど、それはすべての中で本当に貴重な贈り物:“自立”と“成長”を減らしてしまっている。

家族のリーダーとなって、取り掛かるためにはそれらのことを理解するんだ。そしてそれは難しい判断を含む。
君の兄弟や家族がその時は理解してくれなかったとしても、だ。



彼らの未来に『投資』しろ。ただ与えるな。



富や影響力などの君の成功を使って、彼らを自分自身の夢に気付かせたり、正しい目的を見つけることができるようなベストなポジションに置いてあげるんだ。

彼らを学校に通わせ、仕事の面接をさせ、自分自身の力でリーダーにさせるんだ。君が今たどり着いたところや、いつかたどり着くところ(レベル)に彼らを連れていくために、彼らのハードワークや献身を同じレベルに保たせるんだ。



私がこの手紙を今書いたのは、君にこの過程をたった今すぐに始めてほしいからなんだ。
そして彼らを楽をさせてしまったことでできてしまった依存心を取り除くために、君が傷ついたり、悩んだりしないでいいようにするためにも。

その依存心は、怒りしか生まない。すべての人からの恨みや、嫉妬も含まれる。君自身も含んでね。



時が経つにつれて、彼らが自立して、自分自身の抱負を持ち、自分自身の生活を持つ姿を見ることができるようになるはずだ。そして彼らみんなとの関係性も結果として良くなっていくはずだ。



君に書きたいことはもっとたくさんあるんだけど、でも17歳で、君が2000もの言葉を席に座って集中して見れないのは分かっているからね。



君に次に書こうと思うのは、ビジネスにおいて、関係のないようなものをミックスさせるチャレンジについて触れようかな。

僕が君にできる一番大切なアドバイスは、親は『親』であって、『マネージャー』ではないということをしっかりと確認することだ。


君が最初の契約を結ぶ前、親に対しての正しい予算を見つけないとね。
親は君のビジネスが成長するのと、人々に長期の成功を築かせている間は美しい生活をしたいと思うだろうし。
その方が、来るべき時に、子供達の子供(孫)や、その次の子供は自分自身の将来に対して投資をすることができる。



君の人生はまさに変わろうとしている。そして物事はとても早くやってくる。でも、君が9時間のトレーニングを終えた夜に、(ベットに)横になった時に少し考え込んでみよう。


信じてくれ、最初から物事を構成しておけば、たくさんの涙や、悲観を避けることができる。
いくつかは今日まで残ることになるけど。


じゃあね。


コービーより





いかがでしたでしょうか。少し難しい内容だったので、和訳に苦労し、時間がかかってしまいました。


この記事を読んでいると、なんだか涙が出そうな、悲しいような気持ちになりました。
コービーがこのような考えに至るまで、どんな辛い思いをしてきたのかな、などついつい考えてしまいます。
バスケットボールのコート上では華やかな面ばかり見えても、家族との問題など、裏では辛い思いもたくさんしていたのでしょうね。


そういえば、数年前に『コービーの母が実家にあったコービーのジャージーやチャンピオンリングを無断でオークションに出そうとした』ということが問題になり、裁判沙汰にまで発展したのを覚えていませんか?

私の憶えている限りでは、コービーが母親に大金を払ってあげることになり、その代わりにオークションへの出品を取りやめたはずです。


実の親がお金のために子供の記念品をオークションに出すなんてありえないと私は頭にきたのを覚えています。
コービーがかわいそうだと思っていました。


コービーの両親との確執は結構話題になっていましたよね。今も解決していないでしょう。
昔のチームメイトや交流のある人など、あれだけコービーの関係者が会場に来ていたコービーのラストゲームに両親が来ていなかった(はず)ので、その点から考えても“お察しください”ですよね。


両親との確執などの問題を経てこの手紙に記したような考えに至り、今回書いたのかもしれませんね。



以上ですが、今後もコービーについて面白い記事があれば和訳などをしていくつもりです。
なのでなにか面白いような記事を見つければ私に教えていただけると嬉しいです。ツイッターでお知らせください。


今日は以上です。

↓よければクリックお願いします(^^)

人気ブログランキングへ


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

ジェラルド・ヘンダーソンにコービーが言った『1/4インチ』 [コービー関係]


久しぶりの記事になります。

2015~16シーズンが終了してから、レイカーズにはいろいろな動きがありました。

ルーク・ウォルトンのHC就任、ドラフト、さらに今現在はFAの真っただ中です。
そういえば、ケビン・デュラントがGSWに移籍しますね。驚いた人もいらっしゃるのではないでしょうか?


FAに関して、ツイッターを見ていると、『~が欲しい!獲得したい!』というようなツイートをされている方がたくさんいて、勉強になります。
そういうのを考えるのも楽しみの一つですよね。


そんな中、ポートランドからFAになっている、ジェラルド・ヘンダーソンが良い!というツイートを見かけました。
私もその意見に同意で、SG/SFのバックアップとしてはかなり良いのではと思っています。


それでヘンダーソンについて情報を調べていると、とある記事を見つけました。

その記事とは、コービーが引退を発表後、ヘンダーソンがコービーとのエピソードをプレーヤートリビューンというサイトに投稿したものです。

見てみると、面白いな、と感じたので和訳してみました。

元記事はこちらになります。

【The First Time I Guarded Kobe】

この記事は今年の1月21日に投稿されたものなので、新しい話題でもなければ旬ネタでもないです(笑)

さらに、私はこの和訳をヘンダーソンがまだFAの状態のままで、どのチームとも契約していない
日本時間7/4の深夜に和訳しています。さらに追加で7/5の昼にこの記事を書いているので、FAの動向をまだチェックできていません。
もうヘンダーソンがどこかのチームと契約していたら、ちょっと残念ですが。


いつものごとく、少し和訳が間違っているところもあるかもしれませんし、
少し分かりやすいように意訳している部分もあります。ご了承ください。


それでは、ここからが和訳になります。


【僕が初めてコービーをガードした時】 ジェラルド・ヘンダーソン



『何かリムがおかしい』

それがコービーが僕に初めて言った言葉だった。

人々は、コービーが完璧主義者だと言う。少し、そう思う。

彼と初めて会った時のことを紹介しよう。


それは僕のルーキーイヤー、2009年にレイカーズがビジターとして来ていて、試合前のシュートアラウンドの時だった。
コービーは一人でコートに出てきて、プルアップジャンパーを打っていた。

フィリー、ローワーメリオン(コービーの出身高校)の近くで育った子供だった私にとって、それは大きな出来事だった。
彼は国のレジェンドだけでなく、ホームタウン・レジェンドでもある。僕が9歳くらいの時、お父さんに連れられて高校の試合を見に行ったんだ。

コービーは50得点した。しかも、4Qはベンチで座っていたのに。僕はコービーがハーフコートに1歩入ったところからシュートを打つのを見た。
そして、それを決めた。そしてディフェンスに戻る際に、まるで自分自身がどれほどいいプレーヤーかわかっているかのように、格好つけて歩いていた。
彼はやった。ローワーメリオンは立ち見席だけの、小さな体育館だ。みんな彼を見るために来ていた。



その時のことについての話はもう終わりで、2009年、コービーと僕は2人ともNBAプレーヤーだった。でも、彼の方が僕よりもちょっとだけいいプレーヤーだった。ほんのちょっとね。

僕の人生の半分以上の期間で、コービーは僕のアイドルであり続けている。僕は彼がやったことを、すべてやろうとした。だから、実際の彼を見ることは、僕にとってとてもクールな出来事だった。

だから僕は、試合開始の45分前にシュートアラウンドを行なった。コービーはコートの反対側にいて、シューティングを行っている。僕は彼をざっと見渡した。僕はルーキー、コービーがどんなふうにウォームアップに取り組んでいるのかを見たかった。おそらく、僕はいくつか彼から学んだ。ムーブもいくつか盗んだ。


でも不思議だった。コービーは僕がシュートを決めた以上に、シュートを外していた。実際、彼は多くのシュートをミスしていた。

すると突然、僕が彼を見ると、コービーはシューティングをやめていた。彼はボールを腰のあたりと、片腕で挟んで保持して、他の人と一緒にサイドラインへと移動していった。


それから、様々な騒動が始まった。

メンテナンス・クルーの人たちがどこからともなく現れた。まるでアイスホッケーのコートに変更するかのように。作業員が急いでコートにやってきた。
コービーは彼らに何か言っていたのと、ジェスチャーをしていた。でも、僕の立っているところからは、何を言っているのかは確認できなかった。


突然、彼らはバスケットの下に梯子をかけ始めた。コービーは上を向いてリムを見て、作業員は梯子に上った。メジャーテープと一緒に。

何が起きているの?コービーは何かを企んでいた。

僕はその様子をコートの真ん中に立って最後まで見ていた。そしてコービーが僕のところに向かってきた。


コービー:リムが少しおかしかったんだ。

ヘンダーソン:本当?


僕たちは梯子に上って修理をする人たちを見ていた。


コービー:ちょっと低い。リムが1/4インチ(約0,6センチメートル)低かったんだ。

ヘンダーソン:え?

僕はつぶやいた。この試合の前まで、リムのメンテナンスの問題なんて聞いたことがなかった。


ヘンダーソン:どういう意味?

コービー:私がミスしないようなシュートをミスする。間違いなく低い。1/4インチだ。


その時はそれで終わりだった。それだけだった。私たちの初めての会話。彼はシューティング・ルーティーンに戻った。


2つのことが僕の頭に思い浮かんだ。

1.彼のような男と会話をすることができたなんて信じられない・・・

2.ねぇ、コービー、リムじゃないよ。たぶん君はただ・・・シュートをミスしたんだよ



ボブキャッツのその時のコーチはラリー・ブラウンだった。僕は彼をとても尊敬していた。
でも、彼は僕にきつく当たった。すべてのルーキーに対しても。僕がルーキーの時、出場時間をもらうのにもがいた。僕は5分、10分は出場時間を得たいと願った。それすらなかった。


でも、コーチングスタッフは、僕がチームのベストディフェンダーの1人だと知っていた。
だから、僕はアシスタントコーチの一人のジェフ・カぺルに言ったんだ。

『ケイプ(おそらくカぺルの愛称)、今夜僕はプレーしたい。コービーをガードしたいんだ!』

ケイプの反応はこうだった。『君にチャンスをあげるつもりだよ』


僕はコーチングスタッフから聞いたことを言いたいと思った。でも、可能性としては、僕が今夜プレーするのはラリーが僕をテストするためだという方が高いと思った。
彼は僕にとってコービーがアイドルだということを知っていたし、彼は僕がチャレンジに向かうのを見たかった。


いくつかの選手が早くファウルをとられて、ラリーはベンチを見渡した。僕はベンチの端に座っていた。


『ジェラルド、彼をガードしろ』


僕はベンチから飛び上がった。“チャンス”の準備をした。ゲームにまだ出てもないのに、僕は手汗をかき、心臓の鼓動がとても早く打っていたことを覚えている。


NBAで神話を打破するようなデビューをしたかった。あなたたちは、人生の中で、AAUからカレッジ行き、そしてNBAでプレーした選手は緊張しないと思うだろう。
それは忘れてください。NBAプレーヤーも緊張するんだよ。


僕はルーキーで、試合に入った。コービーをガードして、ぞっとした。
今までで一番緊張した。


内緒話:緊張を解く方法は、ゲームに身を沈めることだ。ただ、プレーを作らないといけない。
いろいろなプレー;ディフェンスで相手をストップさせる、リバウンドをとる、ボールにダイブする、ゲームの流れにおいて、さまざまなことをしないといけない。


最初のポゼッションが始まった。コービーはウイングの位置に来た。僕は彼にマッチアップする。さぁ、いくぞ。

コービーのプレーを見て成長してきた。コービーの試合のビデオテープをたくさん見てきた。
正直、彼のゲームを知っているのはもちろん、彼ら(レイカーズ)のプレーも、見れば分かると思っていた。
彼の気持ちも分かると思っていた。今でもそうだけど。


彼は僕がルーキーだということを知っていた。だから、彼は僕相手に早い段階から上手くやっていた。

初めのプレーで、彼は右にドライブした。ドリブルをやめて、エルボーの位置でシュートフェイクをした。
僕はそのプレーを予期していた。コービー独特のプレーだった。僕はステイ・ダウンしていた(フェイクに引っかからなかった)。

彼はシュートフェイクをまた、さらにまた行なった。僕はステイ・ダウンしていた。僕はフェイントには引っかからなかった。


いくつかのプレーの後、コービーはまた僕に向かってきた。彼はドライブした。スペースを空けて、僕はきっと彼が1回目でシュートを打つと思った。それは間違いだった。
彼はフェイクをして、僕はジャンプをしてしまった。

くそっ、やられた。

でも、ジャンプした僕からファウルを得る代わりに、彼はたくさんのトリックを行なった。


僕が空中にいる間、コービーはリバースピボットをして、僕の足元にステップを入れた。トップ・オブ・ザ・キーの位置から、
バックボードにボールを投げた。僕はまだ空中にいた。ヘルプはなかった。見ていることしかできなかった。

※ジェラルドが言っているプレーは、おそらくこのプレーだと思われます。




僕は自分にこう言ったことを覚えている。“馬鹿。フェイクに引っかかったらダメじゃないか”


このムーブが印象的だったのはいくつも理由がある。
コービーはバックボードにボールを当てて、完璧に自分へのパスにできる技術を持っているということ、
空中でボールを取って、フープへ入れたこと。しかも、彼がやったムーブは、おそらく、する必要がなかった。
彼は簡単に僕をトップの位置で陥れて、2つの簡単なフリースローを打てただろう。
でも、彼はほとんどの選手がやろうとも思わないような、創造性豊かなムーブをした。なぜか?
ファンのため?ハイライトのため?彼がレジェンドだから?
理由は誰にもわからない。彼はスペシャルだ。


コービーは30点取ってゲームを終えた。コーチ・ブラウンは僕にうなずいて、よくプレーしたと言ってくれた。
彼は本気で言っていたと思う。コービーが30点取ったにもかかわらず。

僕は自分のゲームプランにこだわった。
偉大なスコアリング・ガードにとってもそれは当てはまる。タフにマークマンを守り、コンテストされた2ポイントシュートを打たせる。バランスが崩れたジャンパーなら、なおさら良い。


問題は、バランスが崩れた、コンテストされたジャンパーが、コービーの最大級のオフェンスムーブだということ。
彼はドライブでディフェンダーを抜き去り、自分のスポットを見つけ、ヘルプディフェンダーが来てもアシストをせず、飛び上がり、ディフェンダーが手を伸ばしても届かないような、高い位置へのジャンプからボールをリリースし、よりアーチを高くしてシュートを放つよね。
もしあなたがディフェンダーなら、あなたが打たせたグレイトなシュートだ(ディフェンダーがよく守っているということ)
どんなコーチも笑顔になるだろう。


でも、コービーはそれらのシュートを決めてくる。一貫して。そしてそれに対してあなたができることは何もない・・・


コービーのスコアリングの芸術性は完璧だった。もしそれらのシュートが決まるのならば。
彼は相手が計算することも、計算のうちだ。彼は得点を取るためのムーブでいっぱいのツールボックスを持っている。
毎夜、彼は新しいツールがあり、新しいシナリオがある。良いディフェンスがコービーをスローダウンさせるのは稀だ。
クレイジーなことに、良いディフェンスがコービーをさらに良くする。彼はただ、新しいムーブを披露して、試せるような時を待っているんだ。


彼の本領は、コービーがただジャンプシュートしか持っているわけではないということだ。
彼は試合ですべてに渡って上手くやる。彼は長期間、オールディフェンシブチームのメンバーだった。
彼は毎夜、他のチームのベストペリメータープレーヤーをチェックして、封じ込めた。
キャリアを通して、彼は過小評価されたパサーだった。なぜなら、彼は難しいシュートを打って、決めるからだ。
彼は多方面にわたって活躍してきたんだ。


今シーズン、彼の20年の最後、コービーはいつもの彼自身ではなかった。明らかにケガが彼を取り上げ、過去のような活躍ができていなかった。
たくさんの人が彼を批判し、ほとんど、彼がゲームでしてきたことを忘れているかのようだった。
NBAで彼がしてきたことが忘れられていた。僕のように、彼を見て育ってきたような子供たちに対してしてきたことが忘れられていた。
コービーがなぜバスケットボールプレーヤー史上、最も偉大なプレーヤーの一人なのかを僕が分析する必要はない。コービーのさよならツアーの今年中、コメンテーターがそれ(分析)をするだろう。そしてこの先何年も。


バスケットボールというスポーツ、また、他のスポーツについて言えば、勝つためにプレーしないといけない。
だから、コービー・ブライアントに関しては、チャンピオンとしての彼を全力で、最も称賛し、尊敬する。5回にも渡って。それは誰も絶対に忘れられない。



ブザーが鳴り響いた後、僕はコートから出ようとして、そしてあるメンテナンスクルーのうちの一人、ウォームアップの最中に梯子をコートに持ってきた作業員を見つけた。

僕は訊ねた。

ヘンダーソン:ねぇ、試合前にリムがどうかしたの?

作業員:ああ、誰かがリムが通常よりもちょっと低いと私たちに知らせてくれたんだ


さらに彼は言った。

作業員:気にしないで。ちゃんと10フィート(元の高さ)に調節したから


そして彼はどのくらいずれていたのかを僕に伝えた。


その答えは言えるけど、でも、彼が言った数字は、すでにあなたは知っていると思う。




以上が和訳になります。


ヘンダーソンについては、昨季のポートランド戦で、印象的なことがありました。

レイカーズ戦でのことですが、ヘンダーソンがまるでコービーのようにポストアップして、バックダウンでディフェンダー(マッチアップしていたのはコービーではないです)を押しこみ、コービーのようなターンアラウンド・ジャンパーを打って決めたシーンがありました。

それを見て、私はヘンダーソンってこんなプレーをする選手だったかな?と違和感を覚えたのですが、今考えれば、コービーを見て育った選手だからこそ、コービーがいる前で、コービーから学んだムーブを披露したのかもしれないですね。


さらに試合後、コービーはコートを去る前に相手選手たちとハグをしていましたが、ヘンダーソンとは仲よさそうに、他の選手よりも少し長めに会話をしていました。

コービーは相手選手の実力に関係なく、自分に対してハードにディフェンスするなど、立ち向かってくる選手を気に入る傾向がありました。自分と同じようなハードワーカーが好きなんだと思います。

コービーも何年にもわたるヘンダーソンとのマッチアップを経て、ヘンダーソンのハードワーカーな部分を見抜き、気に入っていたのかもしれません。


ところで、まだヘンダーソンはFAのままで、どことも契約をしていないのでしょうか?
上でも言いましたが、ヘンダーソンはなかなかいい補強になると思うのですが。
これからツイッターを見て、FA達の動向をチェックしたいと思います。

今日は以上です。

↓よければクリックお願いします(^^)

人気ブログランキングへ
nice!(0)  コメント(1)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

コービーが語るスプラッシュ・ブラザーズ [その他]


日本時間の今日からNBAファイナルが始まりましたね。ゴールデンステイトとクリーブランド、組み合わせは昨季と同じですが、今年はどのような結果になるのでしょうか。


今季、73勝9敗と、レギュラーシーズンの勝率のNBA記録を更新し、WCFでOKC相手に苦戦はしましたが、見事に勝ちぬき、ファイナルまで進出したGSWですが、チームの中心人物である“スプラッシュ・ブラザーズ”のステフ・カリーとクレイ・トンプソンの2人について、コービーが語っています。


コービーは現地6月1日、カリフォルニアで行われたビデオゲーム“NBA2K16”のイベントに参加しました。コービーは今秋に発売となる、“NBA2K17 レジェンドエディション”のカバーになることが決定しています。
通常版のカバーになることが発表されたインディアナ・ペイサーズのポール・ジョージも一緒にイベントに参加していました。さらにこのイベントでは元レイカーのリック・フォックスが進行役として、コービーやジョージにマイクを向けていました。


そのイベントに参加した際、コービーはESPNのインタビューに答えており、スプラッシュ・ブラザーズの2人について語りました。今回はその内容を和訳してみました。


実は、この和訳をしていた時に少し面白いことがありました。お昼過ぎくらいにこの内容の記事を見つけ、和訳にとりかかったのですが、
和訳が終わり、さぁ、ツイートしようと思っていたところ、先に全く同じ記事を日本語和訳されてツイートされている方を見かけました。

ツイッターアカウント@MayLAL24、Mayさんです。

まったく一緒の記事、内容を和訳していたので、思わず笑ってしまいました。実は、以前にも似たようなことがあって、昨年11月下旬、コービーが引退を発表した直後、
OKCのケビン・デュラントがコービーに関して語った内容を和訳したことがありました。

ブログに記事をアップして、ツイッターでいつもの通り、ブログに記事をアップしたことをツイートしたのですが、なんと私がツイートしたわずか3分前、Mayさんも全く同じ内容の記事を和訳され、ブログにアップされていたんです。
それが面白くて、ツイッター上でMayさんと、『偶然にも同じ記事を和訳していますね』と話していたのですが、まさか今回も同じことが起こりました(笑)偶然は重なるものです。今回も私の方が40分遅かったです。


同じ内容をツイートするのもアレなので、私はMayさんのツイートをRTさせていただき、せっかく和訳したし、自分のブログに記事にすることにしました。
内容が一緒ですが、Mayさんのパクリではないです(苦笑)ご理解ください。

同じチームのファンで、フォローしている人も似ていれば、同じ記事が目につくので、こういうことが起こるものなのかなと感じました。面白いですよね。


というわけなので、Mayさんのツイートを見られた方は、内容がまったく一緒なので、私のこの記事は2番煎じになってしまうと思いますがご了承ください。



それでは、ここからが和訳となります。


記者:“Kobe instinct(コービーのような殺戮本能)を持っているのは?”


コービー:私がGSWのプレーを見ていてとても楽しいと感じるのは、彼らがとても謙虚にプレーしているからだ。
クレイとステフはとても落ち着いているナイスガイだ。彼らは“冷酷な殺人者”だよ。

彼らは人々が彼らについて考えることを気にしない。彼らはゲームウィニングショットを決めようが、外そうが気にしないんだ。
彼らはコートに出て自分のやるべき仕事をするし“killer instinct(殺人者の本能)”の強い感覚を持っているよ。


以上が和訳になります。短いですが(笑)


それにしても、引退を発表して以来、コービーは他の選手のことをすごく褒めるようになったと思いませんか?
見ているこちらが、『そんなに褒めなくても』と思うくらい、いろいろな選手を褒めています。3年ほど前までの、『俺より上の選手はいない』と言わんばかりのギラギラした一面はどこへ行ったのでしょうか?(笑)


ちなみにそのコービーの近況ですが、引退して以降、朝にワークアウトをし、その後に自分の会社に行って仕事をしているようです。
仕事というのは、自身の引退を発表した時の詩でもある“Dear Basketball”に基づいたショートフィルムの作成など、いわゆる作家業、プロデュースなどです。


これに関しても面白い情報があって、以前私が簡単に内容をまとめてツイートしたのですが、コービーはフィルム作成のアドバイスを、なんとスティーブン・スピルバークや、J.J.エイブラムスジェリー・ブラッカイマーといった、まさにハリウッド映画界の重鎮と言える方たちからアドバイスをもらいつつ、フィルム作成にとりかかっているようです。

すごい人脈だなぁと驚くばかりです。このことについてコービーは『すごいアドバンテージだ。細かいことを隅から隅までチェックしてくれるので、ありがたい』と語っていました。

コービーは引退後も止まることなく、自分のやりたいこと、仕事に向かっているようです。まるで現役時代のように。



ここからは私個人の話で、完全な余談になります。Mayさんの名前が出たので、少し書かせていただきますが、もともと私はMayさんのブログのいち読者でした。試合の記事を書かれると、ブログにコメントをしに行っていました。


私がブログをやり始めたのは、Mayさんの影響が大きいです。以前は毎試合記事を書かれていたので、私もやってみようと思い、今シーズン全試合に関しての記事を書いたわけですが(実は昨シーズンもコービーがケガをするまでは書いていた)、まぁ大変なこと大変なこと(笑)
こんなに大変なことを何シーズンもやられていたのかと思うと、ただただ尊敬するばかりです。それに内容が細かいのも素晴しかったです。

今シーズン記事を書いてみて、Mayさんには内容も質も遠く及ばないな、と実感しました。

今後はもっと質の高い記事を書けるように努力していきます。
ですが、来シーズンも毎試合記事を書くかどうかは・・・未定です(笑)情報は記事にしていくつもりですけどね。試合に関しては未定です。


以上が今回の記事になります。
いい加減、書く書くと言っていた今シーズンの振り返りについても、近日中に書くようにします。


よければクリックお願いします(^^)

人気ブログランキングへ
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ

ゴードン・ヘイワードが語る、コービーのラストゲーム。 [コービー関係]


久しぶりの記事になります。シーズンが終了してから、バイロンの解雇、ルーク・ウォルトンの新HC就任など、レイカーズには動きがありましたが、その時期に忙しかったので、記事にできませんでした。
ツイッターでは少しだけ書きましたが。

それに、シーズンの振り返りについてもまだ書けていません(苦笑)少し時間ができそうなので、近日中に書けばいいのですが。


今回の記事は、それらとは全く関係なく、コービーに関しての記事です。

レイカーズの今シーズン最後の試合の相手で、コービーのキャリア最後の試合の相手となった、ユタ・ジャズのゴードン・ヘイワードが自身のブログで、コービーのラストゲームについて振り返っています。

あの試合は世界中のレイカーファン、コービーファン、バスケットボールファンにとって、衝撃的かつ感動的なエンディングを迎えましたが、対戦相手から見てどうだったのか、という点では、非常に興味深いので、今回はヘイワードの振り返りを和訳してみました。


ちなみに、今回和訳したのは、ヘイワードのブログのこちらの記事“THE LAST GAME”という部分からです。
いつも通り、意訳している部分があったり、間違って訳している部分もあるかもしれないので、そこはご勘弁を(笑)

それでは、ここからが和訳になります。



THE LAST GAME

私たちはみんな、シーズン最終戦がロサンゼルス、レイカーズ相手で、クレイジーなことになると知っていた。コービー・ブライアントは、今までバスケットボールをプレーしてきた中でも最も偉大な選手の一人で、国中のファンから愛されている。今シーズン、彼がロードゲームでプレーしたときは、いつだってクレイジーだった。 私たちはユタでそれを見た。だけど、この試合は違う。これはコービーのキャリアのラストゲームで、ホームでの試合だ。たくさんの人々やファンが本当に、本当に会場に来ていた。


私たちが試合に向かうバスに乗った時、ロケッツはすでに30点リードだった。だから、おそらく私たちはプレーオフに行けない。そして、このロサンゼルスでの試合は、私たち全員にとって経験になる。率直に言って、それら(ロケッツがリードしていること)は、もう過去のことだった。この試合は私たちにとって忘れられないことになる。そして、こんな試合の一部になれることなんて、これから先、もう2度とないだろう。


私は、この試合の前まで、コービーと会話をするチャンスがほとんどなかった。私たちは少し会話をした。大したことじゃないよ。少なくとも、50台のカメラが彼を取り囲んでいた。試合が始まると、会場の空気は今までに経験したことがない、違ったものになった。

会場のみんな、コービーがボールに触るたびに興奮していた。コービーがボールに触るたびに、ファンはコービーにシュートを打ってほしかった。そして、私たちが彼をディフェンスすると、ファンは私たちにブーをした。


私たちは試合に勝とうとした。そして、私たちはしばらくの間そうだった。だけど、試合が終わりに近づくにつれ、私たちにとってショックなことが起こった。


正直言って、私たちは後半のほとんどの時間で2ケタ以上の点数差をつけていた。そして、残り3分の時点で私たちは10点リードしていた。そして、コービーがシュートを決め始めて、試合は終わりへと始まった。私たちはみんなショックだった。


まるでショーケースのようだった。それか、ビデオゲームか。あんなの、普通じゃないよ。その男は50本シュートを打って、60得点した。彼のアグレッシブさとは違った何かがあった。彼がボールを持ったすべての時間で、彼はシュートに行くか、スコアしようとするか、スコアするために何かをしようとした。

彼はいつもアグレッシブなプレーヤーだ。だけど、その夜、彼はウルトラ-アグレッシブで、すべてのポゼッションでスコアしようとした。


絶えずスクリーンをかけられた時、あなたが思っている以上に、相手を防ぐのは難しい。彼がボールを持つと、ボールマンスクリーンが来る。彼がボールを持っていないと、彼にボールを持たせるために別のスクリーンがやってきて、身動きが取れなくなる。大半の時間で、すごくタフなディフェンスをしていたと私は思う。

多くのポゼッションで、私達は彼にタフなシュートを打たせた。だけど、彼はコービー・ブライアントだ。


彼がシュートを決め始め、観客が盛り上がってくると、彼をできるだけストップさせようと、トライしないといけない。彼がゾーンに入った時点で、ほとんどできることは何もない。コービーがゾーンに入った時点で、試合の終わりだった。彼はすべてのシュートを決め、観客は大騒ぎになっていた。


1人の選手にシュートを打たせるために、相手チームの選手全員が動くようなシチュエーションで、もう2度とディフェンスしたくないよ。コービーにとって、本当におとぎ話のようなエンディングになって、スポーツの世界でも永遠に語り継がれるもののひとつだろう。 みんな、“コービーの夜”になることを望んでいた。私たちを除いてね。でも、そんなものだよね。


コービーと対戦したことは忘れられないよ。ルーキーイヤーの時、彼のプレーを見て本当に感動した。でも、コートに出て彼相手に競争するとき、彼は対戦しないといけない相手であり、倒さないといけない相手だ。そして、持っているものすべてを出し尽くさないといけない。彼は究極の競争者で、私はいつも、彼と対戦したことを憶えているよ。


私の子供に、こうするつもりだよ。私がコービーからスティールして、ダンクを決めたシーンや、彼と対戦したハイライトのビデオを絶対に自分の子供に見せるよ。最も偉大な選手である彼(コービー)について話すんだ。 彼と競争することができて、本当に光栄だった。


以上が訳になります。


対戦相手がどう感じていたのか、という部分も分かってくると面白いものです。どんな気持ちでプレーしていたのかが分かりますし。


日本のテレビ局でも、何度もコービーのラストゲームの再放送があり、そのたびに見ているのですが、何回見ても飽きないですし、本当に映画を見ているような感覚になります。

特に4Q残り3分からは、言葉では表すことができないくらい素晴しいです。
まるで、キャリアのすべてを全力でプレーし、バスケットボールに身を捧げてきたコービーに対して、バスケットボールの神様がくれたプレゼントだったのかな、と思います。


今日は以上です。

よければクリックお願いします(^^)

人気ブログランキングへ
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:スポーツ
前の10件 | -